事業承継の最終契約には、「前オーナーが引き続き事業に関わる」という条件を入れました。つまり、買ったあとも前オーナーと一緒に働いています。前オーナーは84歳。戦中の生まれで、高度成長期を生きてきた人です。私の父親より上です。そういう人と対等に仕事をさせてもらえる。それ自体が、かなりありがたいことだと思っています。最初は、しなくていい喧嘩をした関係は、私は勝手に「めっちゃいい」と思っています。相手がどう思っているかはわかりませんが。ただ、最初からそうだったわけではありません。交渉の初期は、向こうは売る会社をよく見せようとする。こちらはこちらで、自分たちの条件をよく見せようとする。その「よく見せる」がお互いの勘違いを生んで、しなくていい喧嘩を何度かしました。そこから学んだのは、飾らないこと、嘘をつかないこと。怒られるかもしれないけど正直に言う。言ったあと、相手の目を見る。それをお互いに気をつけるようになってから、関係はだいぶ変わりました。いっぱい喧嘩すると、いっぱい仲良くなるとはいえ、今も喧嘩はします。しょっちゅうしています。喧嘩は一発勝負ではなくて、1回喧嘩すると腹が割れる。いっぱい喧嘩すると、いっぱい仲良くなる。しょっちゅう喧嘩しているということは、そういう意味では仲がいいのだと思います。私はすごく相手の機嫌を取っているつもりですが、向こうも「社長、社長」と私を乗せようとしてくる。それがちょっと面白い。価値観はまるで違う一人で約30年、会社をやってきた人です。自分で作ってきたという自負がある。現金がとにかく重要、という感覚もある。そしてたぶん、私以上に稼ぎのことをずっと考えている。だから、すごい押し込みの営業をする。それを横で見ていると、「これ、苦情来るぞ」と思うこともたまにあります。時代錯誤だな、と。でも、嫌ではないのです。覚悟が違う。むしろ、大きめの組織を率いているサラリーマン的な社長が、わかったような美しい言葉で人を動かそうとしている姿の方が、私にはずっと時代錯誤に見えます。前オーナーから学ぶことは、めっちゃあります。全部がそうではなくて、「なんでこんなことするんだろう」と思うこともある。でも、僕らに一番足りないものを持っている。そう思います。仕入先で山芋をもらうもう一つ。事業承継の「お客さんを守りたい」という言葉について。正直に言うと、あれは多くの場合方便だと思っています。お客さんを守るだけなら、取引先リストを競合に譲れば同じことができる。前オーナーにも、退職金としてのお金を手にしつつ、仕入先やお客さんの混乱を最小限にして余生を過ごしたい、という現実的な事情があったはずです。ただ、その人が30年かけて積み上げてきたストーリーは、お客さんにちゃんと伝わっています。一緒に訪問すると、「よく来てくれたね」から話が始まる。仕入先に行けば、奥から事務員さんが出てきて「これ持って帰って」と、でっかい山芋を渡される。めっちゃ愛されているのです。承継する意味は、たぶんそこにある。山芋は、正直ちょっと迷惑ですが。次回は、承継1年目の話。想定外だらけで、売上は150%になりました。※ 本コラムの内容は2025年3月時点のものです。